フリーアナウンサー/スピーチスタイリスト 西野七海のすぐに役立つ話し方教室

講師プロフィール
フリーアナウンサー/スピーチスタイリスト 西野七海
フリーアナウンサー/スピーチスタイリスト 西野七海

高校卒業後、三菱銀行(現・三菱東京UFJ銀行)に入社、窓口業務を担当。 その後、NTT東日本に転職。電話交換・社内広報業務を担当し、 フリーアナウンサーに転身。 銀行窓口で対面コミュニケーションを3年間、NTTで電話を通した非対面コミュニケーションを5年間、フリーアナウンサーとしてメディアを通じてのコミュニケーションを18年以上経験した「コミュニケーション」のプロ指導者。 押阪忍のトークアカデミー認定講師 日本スピーチスタイリスト協会代表

主な出演番組

  • フジテレビ「めざまし天気」(1996年10月~1997年9月)
  • NHK「アジア情報交差点」(1998年4月~2000年3月)
  • テレビ埼玉「週刊・彩の国ニュース」(2002年4月~2011年3月)
  • 日本テレビ「news.every」文化放送「キンキンのサンデー・ラジオ」など多数
Jリーグ開幕当時はジェフ市原応援番組のキャスターを務め、 日本初の女性のベンチリポーターとして三浦和良など多くのサッカー選手のインタビューも担当。皇太子様ご列席の式典(農林水産省主催)では2500人を前に総合司会を務めるなど、テレビやラジオへの出演のほか各種司会でも活躍中である。

主な出演番組

2011年3月11日午後2時46分、東日本大震災が発生しました。

地震発生時、私は東京駅の地下街でTBSの夕方のニュース「Nスタ」のロケの最中でした。

レポート部分の撮影が終わり商品撮りをしているスタッフを待っている時に、壁から伝わる微かな揺れを感じ、その時は「新幹線の振動がこんな所にまで伝わるのかしら」と安易に考えていました。

しかし、その直後に異様な音とともにこれまで体験したことのない大きな揺れが来たのです。
当時の東京駅は修学旅行生や買い物客、サラリーマンやご年配の方など、大勢の乗降客でごった返していました。

そして、その人たちが一瞬シーンと静まり返り、不気味な静寂が訪れたのです。
それはまるでスローモーションのようでした。

その後「キャー」「怖いー」という悲鳴が起こりパニック状態になりました。
私は生まれて初めて「死ぬかもしれない」という恐怖を感じました。

地震と津波は多くの方の命と平穏な暮らしを奪い去りました。
とても悲しいことです。

私は報道によって人の人生が強制終了されてしまう瞬間を目の当たりにしショック状態になりました。
長引く余震の揺れが私から「笑顔」と「明るさ」を消し去りました。
仕事もプライベートも何も手につかなくなり、朝から晩までニュース報道を見ているという状態になってしまったのです。

しかし、、、そんな私を救ったのが「言葉」そして「人との関わり(コミュニケーション)」だったのです。

私が救われた「言葉」というのは「自分が発した言葉」です。

私よりもっと辛くて不安であろう近所の一人暮らしのお年寄りに「大丈夫ですか?」とか「何かお手伝いしましょうか?」とか「不安だったら家に来て一緒に過ごしませんか?」と、、、他人を元気付けるために掛けた「言葉」に救われたのです。

ご近所の方を励ましたり、思いやったりする言葉を発することによっていつの間にか自分自身が立ち直ることが出来たのです。

ある日、天皇皇后両陛下が避難所を訪れ被災者の皆さんに「お言葉」を掛けられている映像を見ました。

私は驚きました。

テレビ画面には過酷な避難生活で心身共に疲れ、希望を失ってしまっている被災者の皆さんの「笑顔」が映し出されていたのです。
天皇皇后両陛下からのお言葉が被災者の皆さんに「笑顔」を取り戻させたのです。
「言葉」には無限の力がある。

私はそう確信しました。

全ての人が「言葉」を大切にすれば、みんなが幸せな気持ちになれると思います。

心地よく生きるために、夢を実現するために、ビジネスを成功させるために、
大きな声と笑顔の「こんにちは」から始めてみませんか?

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